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学会便り 2004年 10月1日号

東洋運勢学会報 初秋号 を発行致しました。
主な内容は、
となっております。

今号の学会便りでは、各紙面の内容を簡単に紹介しております。
内容の詳細についてお知りになりたい方は、事務局迄、お問い合わせ下さい。

■ 日本占術協会三十周年記念大会あいさつ
温故知新・回顧三十年の想い 東洋運勢学会会長 三 須 啓 仙

三十周年記念大会の大変意義ある催しにご招待いただき、私どもの会の主要メンバーと共に出席させて頂いた次第です。
想えばこの三十余年の歳月はまさに、わが青壮期より老年期に至る人生のポイントで、この会の創立に参画した一人として真に感慨無量のものがあります。
先に浅野会長より、「協会設立に関して、あまり皆さんの知らない秘話、エピソードなど語って下さればあり難い」とのお誘いもあって、少しお話をしましょうか……。
只今は、実業之日本・社長のご挨拶がありましたが、ちょうど昭和四十八から四十九年の頃、浅野著、三須著の本が刊行されて、その出版記念のサイン会、鑑定会が日本橋の高島屋で催されました。これは版元の実業之日本社が用意されたもので、多くの方々がお見えになりました。出演は浅野、大熊、田口二州(先代)、三須(本人)の四名で、幾日も一緒にやれば親交も深まるというものです。そしてこの四名が、占術協会創立の代表委員となったわけです。
一方に於いて門馬寛明(西洋占星術)氏、浅野八郎氏より「ジャパン・デバイン・ユニオン」亦は「日本占術協議会」として各会派合同の団体を作りたい、という呼びかけがあり、その相談会が新宿の料亭で行われたことも記憶に新しい。その出席者は先の四名と門馬氏の仲間数名、日本易学連合会は当時の会長・浅井金竜子氏、小川博氏(易道タイムス編集長)他幹部数名、また大阪より易八大氏、名古屋より大橋一斗氏など関東、関西の主要幹部が勢ぞろいした情況でした。
さて数日後、門馬寛明氏が私宅に来訪されて内々にお話があるとのこと。そこには二つの問題があったわけです。
その一はテレビ出演のことで、その時TBSテレビから依頼があって一緒に出ることになっていたが、門馬氏は銀座ヂプシーが共に出ることは許さない、これを局側に申し入れて排除したいが、私に賛成してくれということ。
その二は、ジャパン・デバイン・ユニオン(新団体)の創設に当たり、初回は門馬寛明を会長にするべく推薦し賛成していただきたいということ。
一のことはその通り可ですが、二の会長職については他の主要メンバーと相談しなければ不可と打ち切った。いろいろ問題はあったが結局のところ、すでに提案された浅野氏、大熊氏、両先生の方針、企画に賛同すると表明。これに柳下尚範氏、加藤普品氏も同調して「日本占術協会」としての設立に至ったわけですが、何事も多少の離合集散の予兆は世のならいというべきでしょうか。次に設けた宴席で門馬寛明氏が歌った「別れの一本杉」の一節は妙に印象的でありました。その後の展開はすでにご存知の通りでしょう。
■ opinion〜我ら斯く思う〜
運命学考 易 八大
私は四十年、五行易(断易)を専門的に研究し、実占鑑定をして指導も行っています。
今考えてみますと、今後の運命学はどのように実占鑑定するのが良いかと考える時、究極運命学、占いの実際鑑定はどのように為すべきかを明らかにせねばなりません。
実占鑑定の第一条件として、求占者と直接面談し質疑応答を行い、求占者と真剣に対応し、天の啓示、天の気を拝受することが大事です。次に第二の条件として筮前の審事を事細かく話し合い、求占者が何を求め、何を考えているかを占事の集約という形で求占者と占者との密接な交流、意志交換を行い、天の啓示を拝受する環境をつくるべきです。第三の条件として、立筮立卦をするが、この際筮心誠心で無心無欲の潜在意識を排除するよう努め、天の気を拝するように勤めることは言をまたず、第四の条件として、得卦の分析判断については、求占者の容姿、人相、風格などに左右されず、得卦のみに集中し判断し、未来の吉、凶を断ずるべきでしょう。更に第五の条件として、吉と凶を断ずると共に、吉となる時期、凶となる時期という応期を鑑定します。最後に第六の条件として、吉凶を断じた時、もし凶と断じた時、凶を避け、吉を求める方法、戦略、対応策を助言することが大切で、吉と凶を単純に切り捨て御免式に対応策に言及しないのは画龍点睛を欠くことであろうと考えます。
以上、六条件を守るように努力することが我々運命学研究者に与えられた責務と考えます。
運命鑑定家 山口莊令
自然に四季があり、一年があるように人生にも周期がある、とはよくいわれます。
そして、それを学問的に追求し科学したものが運命学です。それによって人は自分の未来に対し、あらかじめ対処することができるのです。いわば事業に於ける経営管理と同様、生き方の人生管理の方法を研究し常に希望をもつことの技術を示唆する人を占い師ではなく運命鑑定家と申すのではないでしょうか。
私は運命学と称される分野の中で、四柱推命・新推命学・個性学・周期学・を母体として考察・推断致しています。何故かと申し上げますと私たち人間は太陽系の中の地球上で生きています。当然、地球は太陽を中心とした引力に左右されています。その引力は私たち人間をはじめ生物に影響を与え循環性としてのバイオリズムは一年間という三六五日六時間を生み、この一年と申すサイクルの影響に裏打ちされているからです。ところで殆どの人は窮地に追い詰められたとき助けを求め運命学の扉を叩きます。それは恰も病気になったとき病院へ駆け込むのと全く同じ現象です。ただ内容が異なるだけです。初めに申し述べましたように運命学は己の未来を予め見越し自己の命運管理を徹底して崩さなければ大きな困難や苦しみに悩まされることはありません。私たちは常に希望に満ちたライフ・サイエンスと友人になり、かけがえのない人生を送りたいと願っています。
占いを取り巻く世情に一言 山本聖雲
中国の先人達が蓄積した「経験と英知」による哲理に『五行』がある。この五行配当の中に、人の道、価値観、人間関係の基本を表わす五常、五徳、五倫があって、これらは春秋時代の孔子の儒学から生じてきた五行の思想であります。現代では、孔子の教えを個性を潰す封建的な思想とみなしている人もいるだろうが、これは自由主義のはき違えと言えましょう。
五常、五徳、五倫に示されている人間の心の価値観が軽視されているために無秩序になり、不道徳で礼儀知らずの行動が政界、教育などを蝕み、社会に混乱を生じさせているのです。
五行の五常、五徳、五倫は大自然の道に通ずる精神を目標とした思想と言えます。天体が一定の軌道を完璧な秩序をもって運行しているように、小宇宙である人間同士にも一定の間隔と決まりをもった秩序が必要なのであります。
われわれ易道人は常に自己を啓発し、人格の錬磨向上に努め、五常、五徳、五倫を旨として、孔子が提唱したところの儒学の道徳思想の普及を果たすことが使命であると考えます。
今、全国的に横行している「真の占いの理」から外れた「当てもの占い」や「日本的発想で妙に神秘化させたもの」等々。これらは本来あるべきものでなく、人々を迷わせ、真偽を疑われ、やがては占い全体の信用を失うことになるに違いありません。われわれは志を固め、「東洋運勢学会憲章を尊重」し、正当な易道を極めたいものです。
占い師としての抱負 小林泰明
季節はまだ真夏なのに、虫の声や風の音に秋を感じる今頃ですが、私が住む京都祇園の建仁寺(禅宗・臨済宗総本山)近辺は昔の京都風景を残している数少ない一角です。私の家の二階窓越しに初秋を知らせるシャンシャン蝉の音声がやかましく聞こえてきます。
私はここに生まれ、古希を迎えた今日まで、脱サラ易者になって易業一筋に三十八年間頑張ってきました。東洋運勢学会のお世話になり早や五年以上の歳月が流れました。それ以前は関西を中心に業界の方々と交流を持ちましたが、最近は東京を中心とした関東の方々とも親しく交流をさせていただき、年に何回も関東へ参りますと、関西人と関東人とのものの考え方や交流の仕方、パーティ模様等文化の相違を感じることがしばしあります。
これから先、私は何年生かされているのかわかりませんが、日本を代表する占いの三団体も世代交替、代表交替がなされ、団体の内部整理も進み、前進の第一歩が始まったと認識しております。日本の占い師(占術家)の社会的認識と評価はまだまだ米国、英国等に比べ低いと思います。占い師の資格、認定制度一つをとってみても、国家認定に到っておらず、占い業界の各団体が一致協力してこの問題をクリアしなければいけません。また、現在世間を騒がせている悪徳易者の追放もせねばなりません。占い師が繁昌する処、国も人も繁栄するという自負をもって新しい日本の未来を築いていきたいと思います。
戯 言 北村光生
いくつかのタイトルの中で最も興味をひかれたのは、「私ならこうする(不運、不幸を感じるとき)」です。私は不運とか不幸とかを鈍感なせいか取り立てて感じたことはないのですが、敢えて挙げるならば人間関係における意思の疎通にかける時か、或いは己の知能や財力が相手に及ばない時です。前者の場合は「天命これに当たらず」、後者の場合は「天命これを扶けず」と、素直に受け入れる、諦めることにしております。広辞苑に「運とは、巡り行くこと。天命。めぐってくる吉凶の現象。幸・不幸、世の中の動きを支配する、人知、人力の及ばないなりゆき、まわりあわせ」とあります。運は時なり、人智の及ばぬ時の巡り合わせです。
『易経』を長年、座右の書として生活し、また易を占術として用いており、そこから培われた人生観かもしれません。
易六十四卦の卦辞・爻辞はすべて「今は」という「時」を以ってこれを説いております。
吾が師、柳下尚範先生は、この「時」に関しては至って厳しく、「運勢占いは、筮法(六変筮。三変筮)に拘わらず、あらかじめ占う期間を決めて筮することです。そしてその期間の運勢の大勢と、予測出来る幾つかの吉凶の具体的事柄、それに対する心構えを占考判断するのです。今年の入試に合格するか、交際中の彼と今年は結婚できるかというようなことは、運勢とは別の問題として筮することです。(奥秘易占法)」と述べ、どんな占事でも「時の設定」を厳しく指導なされました。
この教えを易占家は銘記し活用して頂きたいものです。また新たに易占を学ばれる方は、「漢字」に厭うことなく挑戦して欲しいです。『易経』は漢字で記された書ですから。そして卦辞爻辞を楽しんで下さい。
運命的出会い 木下資方
「占い」と「運命学」について考えてみると、占いの方は暗示的且つ受動的な感じがします。運命学とは、文字通り「命を運ぶ」学問ということであって、命を運ぶ人はもちろん自分自身です。私は「占い」という表現よりも「運命学」という表現の方がより適切であると思っています。私がこの運命学に魅せられて勉強を始めたのは、「天中殺」ブームの昭和五十年代の初め頃でした。姉から貰った天中殺の一冊を興味深く読んだものでした。それがきっかけとなって、運命学にどんどん引き込まれていって、もっと深く勉強したいという要求が強くなっていきました。そんな時、カルチャーセンターで「新講座開講、生徒募集」の新聞広告を見つけて、天にも昇る気持ちで受講手続きをしたことを覚えています。
振り返ってみますと、私の人生はこの時から大きくガラリと変わることになったのです。勿論受講生となったからといってすぐに何も変わりませんが、カルチャーセンターで先生と出会ったことで、私の人生の後半は、正しく「運命学」に魅せられて、脇見もしないでまっしぐらに突き進んで行ったように思います。先生との出会いが無かったら、今の私はありませんし、今よりもっと暗くて淋しい人生になっていたと思います。一冊の本との出会い、先生とのご縁で人生が変わったのです。自分の人生が変わったと思えるぐらいの出会いは、そうざらには無いと思います。私は先生との出会いは「運命的な出会い」だったと今でも深く感謝しています。
何人もの先生にご指導頂いて、現在の私があります。現在私がカルチャーセンターの講師を受け持っていることも、出発点は先生との出会いがあったからです。一冊の本との出合い、人との出会いが人生を変えたのです。そこに運命的な繋がりを強く感じています。
占い雑学 國井一人
政局混迷、経済不況と先細りの日本で唯一明るい話題といえば拉致被害者の帰国くらいでしょう。右記の原因は政治家先生方にも責任があります。政治家の資質について考えて見ましょう。私的には次の三つを持ち得ない人は資格なしです。
一、公約を守る
二、お金にきれい
三、引き際の潔さ
の三つでしょう。現役の政治家先生方々にこの三つの条件を充たす方はほんの一握りです。自己保身に汲々とし利権に叢がり…。
さて、占術家の場合はどうでしょう。
一、向学心旺盛である
二、相手の身になってアドバイスできる
との二つしか思い浮かびません。昨今、根拠のない多種多様な占いが横行し又アドバイスも断定的口調と誠に残念です。確かにマスコミ受けするし宣伝としては貢献度は高く認めますが諸刃の剣であることをお忘れなく。 昭和五十五年の春に一冊の書物との出会いからこの世界に飛び込んだ小生ですが未だに分からない事が多く自問自答の毎日です。
数学や物理学みたいに答えが明白でないうえ、占者によっても多様な答え故とても困る訳です。基本的には断定的な言い方を控えてできるかぎり確率的な言い方に終始し決断はお客様にとのスタイルが良いかと。なるべく話し上手よりも聞き上手をモットーに自分なりに精進したいと思います。癸巳歳生まれの遅咲きの花となるのか神のみぞ知る。「運は変わるものではなく、変えるものである」を心に秘めつつ筆を置きたいと思います。
占いの楽しみ方 古関慎一
この間、本を読んでいて、占いを楽しむための一例となるものを見つけました。
最近発刊された、曽野綾子さんの著書の中に面白く感じた記事がありました。余技のひとつに、特別真剣に習ったものではないが、手相見があるとのことです。
嘗て、イランの局長クラスのお役人を表敬訪問した際、相手が左に座ったので左掌に視線を向けることになった。
「生かじりの手相見のルールによれば、今まで見た中で最も現実的な手で、夢想的なところはまったくなく、現世の出世、金、権力闘争のためにはまっしぐらという驚くべきものであった。会見が終わってから、その人が僧職にある人だと聞かされたとき、ダメだと思った。それほどの見立て違いをするようでは、インチキ手相見が遊びにもならない」
僧職にあるくらいの人なら、もう少し精神的な手相をしているはずだとの思いに反してあまりにも物質的、現実的なものだったのでその落差にショックだったのでしょう。
「ところがイランという国を旅するうちにこの国にはいわゆる檀家のようなものがなく、僧職は常に自分の力で信者を獲得しなければならない、という話を聞かされたのである」ということで納得されたようです。
また、手相を見ることは,、ある状況のもとでは大変その場を和ませる。人の噂話でも悪口でもなく、金や利権に関係しない。見料をもらう人なら、当たらなければサギといわれそうだが、私たちは分かると思うこと言えば良いのだから、気楽なものである」
私たちの立場は、曽野さんの場合とは違います。しかし素人さんならこのような効用、楽しみ方もあってもよいのではと思います。
なお、彼の地のいわゆる聖職者の一面を知る上で大変勉強になりました。
■ お知らせ
東洋運勢学会 会員交流会
日時:十二月五日(日) 午後四時より
【第一部 座談会『占術考』】
三須啓仙会長、易八大副会長とゲストの浅野八郎氏、文屋圭雲氏による座談会
【第二部 懇親会】
各門代表のご挨拶。その後、お料理を楽しむも良し、大いに歓談、交流するも良し。
【第三部 ハズレ無し・プレゼント交換抽選会】
参加者は予算一、〇〇〇円でプレゼントをご持参下さい。プレゼントには、簡単な自己紹介と自 分がその品物を選んだ理由を一筆添えて下さい。
■場所/キャピトル東急ホテル B2銀の間
■会費/一〇、〇〇〇円(前納)
■定員/七十名(先着順受付・定員になり次第締め切ります)
■受付開始/十月一日
以上

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