学会便り 2008年秋

東洋運勢学会報 2008年初秋号 を発行致しました。


【1頁】

『新生東洋運勢学会
新会長を柱に、新たなスタート!』

 昨年は、東洋運勢学会にとって、激動の年でした。
 既報の通り、八月の山口莊令副会長ご逝去の報に続き、十月には易八大副会長、その後を追うように、三須啓仙会長が十二月十七日にご逝去され、東洋運勢学会の重鎮が次々と他界するという、まさに東洋運勢学会始まって以来最大の危機を迎えたわけです。
 しかし、源真里副会長が、父である故・三須会長の後継者として二代目三須啓仙を襲名し、東洋運勢学会の会長に就任され、大きな危機をなんとか乗り切ることが出来ました。
 新会長は会長就任後、二月二十四日の故・易八大副会長を追悼する会、三月二十三日の故・山口莊令副会長を追悼する会に出席され、四月十二日に開催された役員会において役員組織の改編と、新たに選任された役員を発表され、今後の方針を述べられました。
 社会の変化とともに、業界を取り巻く環境も厳しさを増しています。この激動の時代、当会もまた大幅な組織・人員の変革を経て、新生・東洋運勢学会は、会と業界の健全なる発展と飛躍に向けて新たなスタートを切りました。

『未来へ向かって船出を』
   東洋運勢学会会長  二世 三須啓仙
 三須啓仙として、会長職に就くにあたり改めてご挨拶申し上げます。
 昨年丁亥年の東洋運勢学会の『変』は、まさに『大変』でございました。
 八月末、山口先生ご逝去の報に続いて、十月二十一日に易八大先生の訃報が届き、愕然と致しました。そして、恒例の年末交流会の翌日、十二月十七日には三須啓仙会長までが帰らぬ旅路に旅立ってしまいました。
 二本の大きな柱に次いで大黒柱までを失い、私は途方にくれ、一時は解散の二文字が頭を掠めるほどでしたが、ただ立ち止まっているわけにもいかず、何とかして前に進まなくてはならないと気力を奮い立たせました。
 多くの人に支えられ、文字通り叱咤され激励されながら、私は東洋運勢学会の会長として、会の健全な存続を目ざして頑張る覚悟を決め、まずは組織の立て直しに力を注ぐ決心をいたしました。
激しい離合の動きの中からも、何とか新体勢が生まれ、東洋運勢学会は新たな未来に向かって船出します。
 創立メンバーが全てこの世を去り、東洋運勢学会は新たな歴史の幕を明けることになります。
 東洋運勢学会は、当初からの師匠が弟子をつれて集う「一門の集まり」というスタイルから、本部・支部制に移行します。
 一門の主催者を喪った日本推命学術協会の会員と、日本断易学会の会員で、東洋運勢学会への所属を希望する会員は、本部が委嘱した支部長の下に東海支部、大阪支部を結成し、さらに京都から独立して滋賀支部が誕生するなど、新たな体制が生まれます。
 奇しくも今年は十二支の「子」と九星の「一白水星」が重なる年。三十六年周期の大きな周期・新たなサイクルがスタートする年にあたります。私は、そんな年に新体制がスタートするのも何かの巡り合わせなのだろうと思うことにしました。
 私自身がいかなる立場、いかなる事態にあろうとも、冷静に自らの本質・自律性を失わずにいる水の強さを身につけようと思います。
 そして、その時々の必要によって、積極的にどんどん形をかえる水のごとき受容性・柔軟性をもち、水のごとき一途さを持って困難に負けずに少しずつでも前に進んでいこうと決意したのです。
 今後も東洋運勢学会は、引き続き『交流と協調』をスローガンに掲げ、混沌たる世の中、混沌たるの業界の中で、『最大を目指すことなく最良で在ること』を目ざします。
 東洋運勢学会憲章を遵守する『よき人間・良き占術家の集う会』として存続し続けて行きたいと思うのです。会員の皆様にとっても、東洋運勢学会の会員であることを誇りと思えるような会にしてゆきたいと思っています。
 今後も、会員一人一人が自らの社会における存在の意義を考え、互いに手を取り合って切磋琢磨し、良き人・良き占術家としてご活躍されますことを、心から願っております。


『三須啓仙会長を偲んで』

 去る二月五日、故三須啓仙会長の葬儀が大勢の参列者のもと執り行われ、娘であり現会長である二世三須啓仙(源真里)が喪主挨拶を行いました。

喪主挨拶
 皆様、本日はご多忙の中を、遠路、故・三須啓仙のためにご会葬・ご焼香を賜り、実に有り難うございました。お陰様で葬儀をとどこおりなく執り行うことができました。
 私は故人の娘でございます。
 春とは名ばかりの、大変寒いこの時期に、こんなにも多数の方々に温かく送っていただき、父はさぞかし嬉しく思いながら、彼岸へと旅立っていったことと存じます。
 故人が生前、ひとかたならぬご厚情を賜りましたことと併せて心よりお礼を申し上げます。
 思えば昨年、山口莊令副会長ご逝去の報に続く、易八大副会長の訃報に、父は大変嘆き、力を落として会の行く末を案じておりましたが、恒例の年末交流会のために気を取り直し、親しい方々にお会いできるのを楽しみにしておりました。
 しかし、交流会の当日、十二月十六日の昼頃、東大病院に緊急入院し、翌朝未明、息を引き取りました。
 あまりにも性急な旅立ちでしたが、少しも苦しむことなく、まるで眠るように安らかに逝きました。
 突然大黒柱を失い、途方にくれましたが、ただ立ち止まっているわけにもゆかず、その後のことは後で考えることにして、ごく近親の者で通夜・密葬を済ませました。
 葬儀委員長をお引き受けくださった浅野八郎先生をはじめ、訃報を伝え聞いた多くの方々から励ましのお言葉や、激励のお言葉を頂戴し、私は父の後を継ぐ覚悟を決め、父との約束通り『三須啓仙』の名跡を継ぐ決意をいたしました。
 家業の聖徳會とともに、東洋運勢学会の活動を通じて、父のライフワークであった運命学の社会的認知と健全な業界形成のための努力を私も引き継いでいこうと思っております。
 「偉大な先代の跡継ぎ」が、いかに大変な立場であるか……。考えるだけでも緊張に身が縮む思いです。
父は常々「運命学は実用学であらねばならぬ」と私に申しておりました。
 私は、この教えを決して忘れる事無く、父が切り開いた道を、共に目指した目的地に繋げるために、精一杯努力をしてまいりたいと思っております。
 未熟な跡継ぎでございますが、どうか、皆様、ご指導、お力添えのほど宜しくお願い申し上げます。
 本日は誠に有り難うございました。

    東洋運勢学会会長 
      二世 三須啓仙


【2頁】
『易八大先生を追悼する会』

 去る二月二十四日(日)、大阪北区にある全日空ホテルにおいて「易八大先生を追悼する会」がしめやかに執り行われました。
 当日は易八大先生の門人を中心に、ご来賓として日本占術協会会長(浅野八郎)、東洋運勢学会会長(二世三須啓仙)はじめ東京、京都、滋賀、東海の幹部、日本易学連合会、大阪府易道事業共同組合など関西の同業の先生方が多数出席され、亡き易八大先生との思い出を語り合いました。   会は、追悼の儀式(追悼会)と、軽食をとりながらの「易八大先生を語る会」の二部に分けて行われました。

第一部(十五時〜十六時)「追悼会」
 三田村祥山氏の司会のもと、二世・三須啓仙会長より弔辞が述べられました。続いて指名献花の後、出席者全員により献花を行いました。

第二部(十六時〜十八時)「易先生の思い出を語る会」
 ビデオにより、生前の易先生の講習会の様子など、在りし日のお姿を偲びました。
 ご来賓の方々より易先生との思い出話が披歴され、歓談の場では、会場のあちこちで易先生を失った悲しみとともに、易先生がこの易学界で果たした功績を讚える声が聞かれました。


『易八大先生を偲んで』

 弔辞
 本日ここに東洋運勢学会・副会長、日本断易学会理事長・故・易八大先生を追悼する会にあたり、謹んでご霊前にごあいさつ申し上げます。
 生者必滅……会者定離は世のおきてという言葉がありますが、易八大先生の突然のご逝去は限りない悲しみです。先生の死が周囲に与えた衝撃はあまりにも大きなものでした。
 先生の訃報を告げたときの亡き父・三須啓仙の嘆きようは、傍で見ているのも辛いものでした。 年老いた父には、自分より若い、誰よりも頼りにしていた易先生の死は、生きる気力を萎えさせるほどに耐え難いものだったのかもしれません。
 易先生には感謝することばかりですが、たった一つ恨み言を言わせていただけば、先生が父を連れていってしまったことです。
 今頃は、きっと父と一緒に昔のように、先に逝かれた大橋一斗先生や田中日出光先生なども交え、きれいどころでも侍らせてドンチャン騒ぎをしていることでしょう。
 易先生は、運命学の中に、易八大の五行易とも言うべき、新たなステージを切り開き、確立された偉大な先駆者でありました。その生き方が鮮やかに際立つ、希有の存在であったと思います。
 五行易ただ一筋に生き、学と業に向かう姿は真摯そのものの厳しさながら、そこを離れた時には、豪放磊落でありつつもじつに細やかな心遣いで、誰とも分け隔てなく暖かく接しておられました。そんな易先生の姿に惹かれてどれほど多くの者が先生のもとに集まったことでしょう。
 私にとって易先生は、最初は父の後輩であり同志でもある業界の先輩、柳下先生亡き後のこの十年あまりは、父・三須啓仙を乗せた籠を担ぐ相方でした。「俺が後ろを担ぐから、あんたは前を担ぎなさい。」そう言っていつも支えてくださった、頼りになる兄貴であり、叔父貴でありました。そして、何より私たちは、同じ目的のために手を取り合って歩むことを誓いあった同志でもあったと思います。
 占法は違っても、同じ運命学の道を歩む者として、この道に携わる者としてのあるべき姿を追求し、運命学が正しく社会に認知され、斯学に生きる仲間たちの社会的地位向上、確立。そして、群雄が割拠し、未だ業界が未成熟で混沌とした斯界に、秩序と連携を築いて、同じ目的の下に集う仲間たちによる成熟した業界の形成を目指して共に努力してきたのです。
 その努力の一つの結実が、二〇〇三年十月五日大阪で開催された全日本運命学界連絡協議会の発足を祝う『占い全日協の集い』だったと思います。あの会が成功裏に終わったときの充実感を私は一生忘れられないでしょう。大阪に易八大先生が無ければ成し遂げられなかった快挙であったと思います。
 突然、本当に突然、先生を失った悲しみと喪失感は言葉に尽くせないものです。しかし、今は失った悲しみより、出会えた幸せ、得ることができた喜びを噛み締め、心からの感謝と労いを先生に捧げようと思います。
 私たちは、先生から受け取った多くのものを、先生に出会えなかった後の人たちに伝えていかねばならない使命を与えられたのだと思うことにします。
 つらい病気との闘いを終え、ようやく永遠の眠りにつかれた先生、どうか安らかにお眠りください。しかし、先生の魂は不滅。今も私たちの胸に熱く燃えています。
 私はこれからも先生の志を受け継ぎ、東洋運勢学会と運命学界の発展に尽くしていくことをご霊前にお誓いします。

平成二十年二月二十四日
東洋運勢学会 会長
二世・三須啓仙

 声を詰まらせながら、易八大副会長の遺影に語りかけるように弔辞を読み上げる会長の頬には、涙が光っていました。


『易八大先生を追悼する会を終えて』
東洋運勢学会大阪支部  三田村祥山
 本年二月二十四日、『易八大先生を追悼する会』が開催され、無事終了いたしましたことをご報告申し上げます。
 当日は多数の皆様のご出席を賜り、お陰様で盛大に追悼の会を執り行うことができました。生前の易八大先生の御功績と御人徳があったればこそ、多数の皆様方にお集まり頂け盛大に追悼会及び思い出を語る会が出来たのだと思います。
 追悼の会のお世話をさせて頂きました者として、皆様方の御厚情に心より深く感謝申し上げます。
 易八大先生の創られた日本断易学会は、とても残念なことですが、その死とともに姿を変え、残った者は考え方の違いによって二つに別れ、それぞれが別々の道を歩むことになりました。一方は東洋運勢学会に残留し、一方は東洋運勢学会を去ることになったわけです。
 今後は、東洋運勢学会に残った有志で集い、易八大先生の遺された『近代五行易理論』に則って、お教えを復習し、又実占して、出来れば研修会などの機会を設けて互いに発表し合うなどの活動を通して研鑽を深め、後進のために『易八大流五行易』を伝え残してゆきたいと考えています。
 昨年は、東洋運勢学会会長・三須啓仙先生、副会長・山口荘令先生、副会長・易八大先生と、三本の大きな柱が逝かれました。
 「山川草木悉皆成仏」という有名なことばが有ります。人間ばかりか、全ての生きとし生きるもの、山や川のような無機物までが、みな成仏して逝くというのです。逝かれた方々のご冥福を心よりお祈りするとともに、皆さまが仏となって残された者を見守って下さることを願わずにはおれません。
 組織のリーダーが一度に亡くなられ、東洋運勢学会の存続を懸念致しましたが、二世三須啓仙(源真里)先生がしっかりとリーダーシップを取られて混乱無く大きな山を登りきられたように思えます。
 大阪は易八大先生お一人がまとめておられましたが、今後は新体制の下、赤部聖晃先生を支部長とした大阪支部として運営されることになりました。私も微力ではありますが、ご協力させて頂く所存です。
 団結とは同じ目的を持って「私もやる」という思いで、一人一人が立つことです。「誰かがやるだろう」でもないし「みんなでやろう」でも有りません。皆が自分の利益でなく、「他のために役立とう」という気持ちが大切なのです。そうであれば、大阪はきっと今まで通り、東洋運勢学会大阪支部として、しっかり団結していくことが出来るでしょう。



【3頁】
「山口莊令先生を追悼し、東海推命研究会の発足を報告する会」開催

『山口莊令先生を追悼する会』
 春のお彼岸も近い三月十六日(日)、名古屋東急ホテル四階 栄の間にて、故山口莊令先生を追悼する会を東洋運勢学会・日本推命学術協会の共催にて開催しました。
 当日は、山口莊令先生のご遺影に、日本推命学術協会の会員にて新たに組織する「東海推命研究会」の発足を報告し、今後も斯道への精進努力を怠らぬことと、会員相互の親睦を深めていくことを誓いました。
 併せて、二世・三須啓仙新会長とともに、故三須啓仙 東洋運勢学会会長、並びに故易八大 東洋運勢学会副会長のご冥福をお祈りしました。
 参加したのは東海支部会員二十八名と、東海支部以外からの来賓七名。以下の通り会は進行しました。
 はじめに開会の辞が述べられ、写真が飾られた祭壇を前に、全員で黙祷をしました。
 続いて上原健弘専務理事の司会のもと、二世・三須啓仙会長、門人を代表して木下資方支部長より、それぞれ追悼の辞が述べられました。
 その後、献花の儀が行われ、会長以下ご来賓の方々、門人指名献花として木下支部長以下役員五名の後、テーブルごとに順次門人献花をし、山口莊令先生のありし日の姿を偲びつつ、その業績を讚えました。
(山口莊令先生は平成十九年八月三十一日にご逝去され、本年一周忌を迎えました。)

『山口莊令先生追悼の辞』
 東洋運勢学会々員の一人として、また東海推命研究会会員の一人として、謹んで山口莊令先生のご逝去を悼み、御霊前にお別れの言葉を述べさせて頂きます。
 山口莊令先生は、東洋運勢学会の重鎮として長い間ご活躍されましたことは、皆様周知のことでございます。
 また先生は、日本推命学術協会会長として、推命学の発展に尽くされました。
 山口莊令先生が命学の研究に残された功績は計り知れないものがあります。先生の深い洞察力には誰もが敬服するところでした。
 思い起せば、私を中日文化センターの講師に推薦してくださいましたのは山口莊令先生でした。浜松の中日文化センターの初講義の日には、山口莊令先生と二人で出掛けたことを今もはっきりと覚えています。
 かけがえのない山口莊令先生を失った今こそ、残された私達は先生のご遺志を継いで、命学の精進に努めることを誓います。
 長い間、本当にありがとうございました。
 山口莊令先生、安らかにお眠りください。

     東海推命研究会々員
             木下資方


『「東洋運勢学会東海支部」並びに「東海推命研究会」発足式』
 山口莊令先生追悼の儀の終了後、「東洋運勢学会東海支部」と「東海推命研究会」の発足式が行われました。
 東洋運勢学会東海支部長並びに新役員として、次の方々が紹介されました。

支部長   木下資方
副支部長 藤田莊宗
幹 事   水野莊月
幹 事   阿立玲子
幹 事   北出佳山

 任命された方々からそれぞれ自己紹介と就任の挨拶が述べられ、来賓を代表して、京都からお越しの小林泰明先生、北村光生先生よりご挨拶をいただきました。
 続いて乾杯のご挨拶・ご発声を大阪よりお越しの赤部聖晃先生、三田村祥山先生よりいただき、和やかな雰囲気のなか、歓談の時間へと移りました。
 最後に閉会の辞が述べられ、新役員五名による手締めをもって会は終了し、東洋運勢学会東海支部、東海推命研究会も新たなスタートを切ることになりました。


『ご挨拶』
東洋運勢学会東海支部・支部長
東海推命研究会            木下資方
 
 この度、東洋運勢学会顧問と東海支部支部長をおおせつかりました木下資方です。東洋運勢学会は、新会長二世・三須啓仙先生の下、役員人事等の新体制がスタートしました。東海地方の会員は、最初は大橋一斗先生の下、四星命学研究会の会員として、大橋先生亡き後は、山口莊令先生の下、日本推命学術協会の会員として東洋運勢学会に所属してまいりました。今後は、一門という単位ではなく、各自が東洋運勢学会の東海支部に所属する形になります。現在の東海支部は、共に学んだ仲間達で結成した東海推命研究会のメンバーを中心に構成されていますが、今後は複数のグループで構成される組織として発展していくものと思います。 
 東洋運勢学会東海支部長としての私のお役目は、東京本部と常に連絡を取り合って行く連絡係を努めることだと思っています。東海支部の皆様の御意見を東京本部に伝えて行く良き橋渡しになればいいなと思っています。
 私は東洋運勢学会の会員になったことによって良き先輩達に巡り合い、人の輪が拡がっていったのです。これは交際下手の私にとって思いがけない「宝物」となりました。東洋運勢学会の会合に出席し、人との繋がりが如何に大切かということを教えられました。先輩の先生方に後押しされてここまで辿り着いたと思います。この道に入って右も左も判らなかった私をここまで育てて頂いた東洋運勢学会に感謝すると共に、今後は後輩の育成に少しでもお役に立てればいいなと思っています。悩める現代人にとって、迷った時の水先案内人として、私は運命学を役立てたいと考えています。
 東洋運勢学会顧問として、また東海支部長として、非力ではございますが、一生懸命努めて参りたいと思います。東京本部を始めとして、諸先生方のご指導、ご鞭撻のほど、今後ともよろしくお願い申し上げます。


【4頁】

『役員会開催』

 四月十二日(土曜日)、二世・三須啓仙会長の下で最初となる役員会が招集・開催され、新生東洋運勢学会幹部の初顔合わせとなりました。
 はじめに、新会長から挨拶があり、「昨年は創業メンバーを失うという東洋運勢学会にとって、最大の危機にみまわれた年でした。このまま続けるか、それとも歴史を閉じるか、本気で悩んだ末に、周囲からの励ましの声に後押しされ、二世三須啓仙として会長を引き継ぐことになりました。今年は、第三の創立ともいえる出直しの年になると思います。新たな発展の礎を築くために、ピンチを逆にチャンスに変えて態勢を建て直し、これから四十周年、五十周年に向かって会が健全に存続し発展するかどうか、それは幹部の先生方の活躍にかかっている。運勢学会は業界の中で、最大を目指さず最良を目指す。一門の当主を喪った大阪や東海の会員は、支部を組織して活動することになるが、今後は地方の会員とも積極的に交流していきたい」と今後の抱負を述べました。
 続いて会長より新役員人事の発表がありました。これまでの役職に加え、いままで源真里副会長としてやってきた本部事務業務を担う専務理事、また、会運営の補佐を強化するために常任理事職を設ける旨説明されました。新任の役員を代表して小林泰明、北村光生の両副会長より挨拶があり、その後、出席役員が順次自己紹介と挨拶をしました。会長より東洋運勢学会の出版物に関する報告等々がありました。役員会終了後、顔合わせと親睦を図る目的で懇親会がささやかに執り行われました。


『「東洋運勢学会大阪支部結成の集い」開催』

 去る平成二十年七月六日(日)、大阪国際会議場 八階を会場に「東洋運勢学会大阪支部結成の集い」が開催されました。
 易八大先生のご逝去に伴い、新たに大阪支部として役員を選出し、活動をスタートすることとなりました。
 会は三田村祥山氏の司会のもと、開会の辞が述べられ、ご来賓の方々が紹介されました。
 ご来賓として、東京から二世三須啓仙会長、上原健弘専務理事、庄司匡秀理事、名古屋から木下資方支部長、藤田荘宗副部長。京都から小林泰明副会長、田中裕子支部長。滋賀から山本聖雲支部長ご臨席の下、会は進行しました。
 二世 三須啓仙会長の基調講演に続き、会長より本部役員の氏名が紹介され、続いて大阪支部役員が紹介されました。支部の新役員は次の方々です。

支部長   赤部聖晃
支部幹事 赤部恵方
支部幹事 ジュノー・美江
支部幹事 松 彩夕
支部幹事 永宮雅人
支部幹事 増元美知子
支部幹事 恵 幸羊
事務局   大彩可琳

 ご来賓の方々を代表して小林泰明先生、木下資方先生、庄司匡秀先生から祝辞が述べられ、本部役員を代表して 三田村恵兆先生、支部役員を代表して永宮雅人先生が挨拶をされました。
 続いて赤部支部長より新入会員に対し、会員証・会員記章が貸与されました。
 休憩の後、会場を十二階のレストラングラントックに移し、懇親会が開かれました。
 小林泰明先生、ご来賓一同による乾杯の音頭を皮切りに支部会員の自己紹介が行われ、和やかに親交が深められました。最後に手締めをもって閉会となりました。


『大阪支部長に就任して』
東洋運勢学会顧問・大阪支部長
晃友会主宰               赤部聖晃
 昨年、東洋運勢学会は、山口莊令副会長、易八大副会長のご逝去に続いて先代・三須啓仙会長までも喪い、大きな悲しみに包まれました。今はただ、逝かれた先生方のご冥福を心からお祈りするばかりです。
 新会長・二世・三須啓仙先生より東洋運勢学会の顧問、及び新組織である大阪支部長への就任という辞令を賜わり、責任の重大さを痛感致しております。
 会長をはじめとする役員の先生方及び学会の先生方、また大阪支部の先生方のお力をお借りし、精一杯頑張る所存でございます。今後は東洋運勢学会の一員として、心も新たに様々な事柄に取り組んでまいりたいと思います。
 恐縮ではございますがこの場をお借りし、五行易の事や私が思う事を少し述べさせて頂きたいと思います。
 私は五行易一筋で易学実占いを二十四年させて頂いております。
 相談者の悩み、迷い、希望や喜びを受け止め、立筮立卦すると不思議な事に学問に生命が宿るが如く物事の過去と現在、そして未来が卦に出てまいります。また、私自身の心に迷いを抱えて卦をとると学問の神様が心の乱れを卦に出され苦しむ事になります。
 一卦一卦に集中力と気力の大切さを思い知らされ、日々精進と初心を忘れないよう努力して易学神様に祈りを捧げております。
 易学を通じ人生の喜びや悲しみ、希望や出会い等を自分の人生と重ね合し、日々自分の心と闘う宿命に誇りを持ち、東洋運勢学会の一員として微力でございますが努力してまいろうと決意いたしました。
 今後、大阪支部に於いて、一人でも多くの優秀な人材育成を目標に掲げ、品格と和気を重んじていきたいと思っています。会員の皆様のご理解ご協力を賜わりたく存じます。
 最後になりましたが、会員の先生方に感謝を致し、皆々様のご健康と益々のご活躍をお祈り申し上げ、御挨拶とさせて頂きます。
        合掌


【5頁】

二〇〇八年度 東洋運勢学会新役員

【会 長】
二世・
 三須啓仙

【副会長】
 小林泰明
 北村光生

【顧 問】
 林 隆造
 田中裕子
 赤部聖晃
 木下資方

【相談役】
 東海林秀樹
 吉野隆象

【専務理事】
 上原健弘

【常任理事】
 大原かなえ
 朝比奈 篁

【理 事】
 山本聖雲
 宮嶋助守
 鈴木顕子
 松橋信之
 石原明順
 永富太還
 鈴木京子
 藤田莊宗
 庄司匡秀

【参 与】
 古関慎一
 古川琉苑
 小澤茜令
 砂原良治
 鴨下靖令
 岡部真右
 國井一人
 横山元一
 後藤昂怜
 畑 侑希
 洸西暁子
 永宮明青
 今田光泰
 赤 匡晃
 三田村惠兆
 大彩可琳
 加古紫園
 井筒賀園
 上羽泰妃
 真明泰空
 北島綸泰
 北出佳山
 水野莊月
 阿立玲子
 佐々木淳章


★大阪支部長 
 赤部聖晃
★京都支部長
 田中裕子
★東海支部長
 木下資方
★滋賀支部長
 山本聖雲


『東洋運勢学会副会長をお受けして』
東洋運勢学会副会長
京都泰心会主宰        小林泰明
 私が歴史ある東洋運勢学会に御縁が出来たのは、故・易八大先生の御紹介によるものですが、昨年、三人の会長、副会長が急逝され、東洋運勢学会もひとつの大きな転期を迎えられたと痛感いたしておりました。そして今年度より、会長になられた二世・三須啓仙先生より、副会長の就任の要請を受け、それをお受けしたことは、私の占い人生においても予期せぬことであり、私は京都易道の理事長を十年以上務めておりましたが、今年より京都は理事長代行を田中允象先生にまかせ、これから三年多々に伝統と信用のあるこの東洋運勢学会の組織を充実させ、さらなる活性化された日本で一番信頼のおける全国組織の優秀なメンバー構成による正統派占術家団体組織として活動出来るものにすることが、先代三須啓仙先生や易八大先生の遺徳に報いる道であると自覚しております。
 日本の二十一世紀における占術家団体としてどうあるべきか、どんな活動をし、会員相互の親睦と交流の中に会員相互の知識の向上と人間性の信頼を構築するのには、私は何をどうしていったらよいのか、役員の先生方とよくお話をして、関西の大阪支部、京都支部、これから出来るであろう西日本の組織作りに私の残された余生を頑張ってみようと決心している次第です。正統派占術家団体としての誇りある規範づくりにまずとりかかるこれからの一年間と思い、会員皆様の素直なご意見を拝受出来れば幸いであると思っております。


『副会長に就任して』
東洋運勢学会副会長
祗龍易學研究会      北村光生
 先年故人となられました先代三須啓仙先生、易八大先生、山口莊令先生のご冥福を心よりお祈り申し上げ、ご生前中のご努力とご成果に慎んで御礼申し上げます。
 今般、二世・三須啓仙新会長よりご推挙賜り、伝統ある当会の副会長の大責をお引き受けし、果たしてお役に立てるものかと心もとない思いをしております。今更ながらお引き受けする前に、その「可否」を得卦しておくべきだったと深く反省するところです。
何卒、会員皆様のご支援、ご協力を心よりお願い申し上げます。
 さて皆様もご存知のことではありますが、地球世界を襲う温暖化が、先に食糧不足、飢餓を人類にもたらすとの予測がなされております。このまま温暖化が進めば地球はいつまで持つかという話にもなりますが、その点になると、明確な解答は未だ無いようです。
 また今回、突発した中国四川の大震災など誰が予見できたかと思っていた矢先、今朝早く、宮城、岩手に地震警報が出され、その数分後に地震が起き、甚大な被害を出しております。 数分前のテレビ警報では対応することなど到底困難なことでしょう。
 こんなニュースを見聞きするたびに、このような場面に先見学である運命学に携わる者として、何らかの力は発揮できないものだろうか…と思ったりもするのです。せめて筮をとり卦に現れる兆しを伝え、世間に注意を喚起することで、社会に貢献してゆきたいと思っています。
 このところ「うらない」「売らない」と言いながら、いたずらに問占者の心の不安を煽り立て掻き立てて多額な金品を「売り」つけたり請求したりする輩が増えていると聞きます。この道に携わる一員として至極残念かつ腹立たしいことです。さりとてそこで何が私に出来るかと問われると、只只真っ当に生きていく事としか言えません。たとえ他の者がどうであれ、自分は只ひたすら真っ当な道を歩む。そんな気持ちこそが大切なのだと思います。そして、新会長が以前より折々に仰っている通り、東洋運勢学会はそんな人たちの集まりであって欲しいと、私もまた、心から願ってやみません。
 末筆になりましたが、会員諸先生のご発展、ご活躍、ご多幸をお祈りし、就任の挨拶とさせて頂きます。


『未来に向けての発進』
東洋運勢学会顧問    林 隆造
 昨年、東洋運勢学会は、先代三須会長、易副会長、山口副会長のお三方を失い、残された我々会員は悲嘆と不安の内に本年を迎えました。
 しかし、旬日を経ずして源副会長が二世として三須啓仙を襲名し、新会長に就任。次いで役員会席上で新体制組織を発令し、新生・東洋運勢学会が発進しました。明日に向かっての新体制の発足は、誠に喜ばしいことです。
 顧りみますれば三十二年前の創立当初、先人は生みの苦労はなさったけれど、今思えば、当時は占術家としての衿持を保つことができる古き良き時代であったと思います。昨今は、占術家の鑑定の状態も種々多岐にわたり変化し、我々が競う相手は、人間同士ではなく、携帯電話、パソコンを初めとする電波媒体になりました。
 奇しくもこの時期に、東洋運勢学会は若いリーダーを迎え、将来への期待を持って新たなスタートを切ることになりましたが、複雑にして変化の多いこの時代に、どう対応していくかが今後の我々に課せられた大きな課題でありましょう。            
 この度、新会長より顧問への就任を拝命し、重責に身の縮む思いではありますが、微力をふりしぼり、年長組の一人として若きリーダーの補佐にこれ努める所存でございます。加えて、これから斯界に巣立っていく後輩のために、良い環境を形成する努力を厭わず次代に繋げることが出来ればと願うものです。 
 私たちが掲げる学会憲章に、「東洋運勢学会の会員は、正統なる運命学術をもって、人生の幸福の実現に資するために努めます」とあります。今後は、従来のように対面鑑定に依存する状態を維持することは困難になっていくと考えられます。このような情勢下においても、私たちは弛まぬ努力をもって、社会や時代の要請に柔軟に対応し、応えていかねばならないと決意を新たにする所存です。


『御恩返し』
東洋運勢学会顧問・京都支部長
        田中裕子
 先ず始めに、慈父のごとく親われておられました方一世三須啓仙会長、並びに易八大副会長、並びに山口莊令副会長に対し、謹んでご冥福を御祈りし哀悼の意を表する次第でございます。
 
 この度、方二世三須啓仙会長より御指名賜わり、重責なる役職にもかかわらず私共の様な微力なる人間に、東洋運勢学会顧問並びに京都支部長を任命拝受する事となり大層恐縮致しております。私共より遥かにご立派な適任者の先生がおいでなるにもかかわらず、この様な重責を任命されました事、大層名誉な事ではございますが、正直申しまして困惑いたしております。
 私が占術家として歩み出しましたのが昭和四十六年、その後、御縁があって東洋運勢学会に入会致しましたのが、昭和五十六年でございます。特に昭和六十年の京都大会の折より、若輩ながら、厚かましくも、東洋運勢学会の祖となる重鎮の先生方に親しくご交誼賜わりその後お返しの出来ぬ御恩御指導を賜わりました。私共にすれば余りある財産を賜わりました御恩ある会でございます。
 今ここで百分の一いや千分の一も知れませぬが私なりの御恩返しが出来れば幸福と存じ拝受させて頂く事に至りました。
 どうぞ役員の先生方並びに会員の皆々様方何卒宜しく御指導御鞭撻を賜わります様お願い申し上げます。
 今後も方二世三須啓仙会長の下「東洋運勢学会憲章」の基本姿勢に基づいて真っ当な占術家として自分の人生の為に、そして私を必要として下さる鑑定依頼人の為に誇りを持って又後に続く後輩の皆々様に、この業界に身を置く者の姿を伝え育てて行きたく願っております。
 方二世三須啓仙会長を中心に、より一層の結束を強固なものとされますと共に今後も積極的展開を通じて飛躍的発展を遂げられます様心より御祈念申し上げます。それと共に私も一層の精進努力と研鑽に務めたく存じます。どうぞ宜しくお願い申し上げます。
合掌


『占術家の心得』
東洋運勢学会理事
        庄司匡秀
 この度、東洋運勢学会の会長が、先代三須啓仙会長の突然のご逝去により二世三須啓仙会長にバトンタッチされ、東洋運勢学会は新しい体制となりました。私は、三須・現会長の推挙により選任せられ理事に就任致しました庄司匡秀と申します。
 今後は東洋運勢学会発展を願い非力の身ではございますが微力を傾注して会の発展に尽くす覚悟でございます。皆様のご指導ご支援なくしては到底重責を果たし得ないと思っておりますので、何とぞご協力の程切にお願い申し上げます。
 今後の抱負を述べよとのことですので、僭越ですが申し述べさせて頂きます。
 まず第一番目に「会員相互の融和を」掲げさせて頂きます。
 二番目にあげるのは、以下の心得を守ることです。
@出会いの縁を大切にする事。その中に(イ)小才は出会いの縁に気付かず(ロ)中才は出会いの縁に気付きそれを生かさず(ハ)大才は、袖ふれ合うた縁をも生かす。
Aアンテナは高く、腰は低くする事=自然に水と同じく低い方に流れて来ますよ(人も寄ってきますよ)
B 辛抱は浮世を渡る力技絶対離すな商いの道(成功の道)。
C 人間を成長させると同時に信頼を得るには報告、連絡、相談の三つで毎日ホウレンソウを食べる習慣を付ける事。
D 儲けたいなら、まず字のごとく信者を作る事。それには気配りの名人になる事ですと言われた事です。
 これらは、私が、宮城県の高校を三月に卒業して上京、就職したその十一月に、部長から、「部を代表して聞いてこないか」と言われて行った、熱海での松下幸之助さんの講演で聞いた事。それにイトーヨーカ堂の伊藤会長(現セブン&アイHD)さんのお二人から教わった「商人の心得」とも言うべき格言でございます。
 占術家も「商人の心得」と同じ様に、やはりお客様に教えて頂くという謙虚な気持で、お客様の身になって何事も誠心誠意で対応することが大切だと思うのです。
 今後は、私自身も会員の皆様の身になって頑張って参りたいと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。


『新任の挨拶』
東洋運勢学会理事・東海支部副支部長
       藤田莊宗
 この度、東洋運勢学会理事並びに東海支部副支部長の任を賜り責任の重さを痛感し身の引締る思いです。未熟者ですが、どうぞ諸先輩先生方のご指導ご鞭撻を賜ります様宜しくお願いします。

 私は、岐阜城の西北、シーズンには伝統の鵜飼いが催される清流長良川流域の山紫水明の街に暮らしております。 
 運命学は、故・山口莊令先生に永年師事させていただき、新推命学・個性学・周期学の分野を研鑽してまいりました。師の提唱する形而上学問としての新推命学が、占術家としての私の中核を為していると思っております。
 思えば二十数余年前、中日文化センターにて師とのご縁を得、その後は山口推命教室にて、人の運命と云う非常に複雑で困難な分野を探求する、深遠な新推命学の存在価値を認識させていただいて今の私が存在します。
 恩師の跡を守る私たちがとるべき姿勢は、「如是我聞」(私が師から学び伝え聞いたこと)に尽きます。今後は師より託された新推命学を、文化として後世に遺す努力をしてゆきたいと思っています。
 運命学は、人々が様々な幸せを探求するために創造された叡智といえます。求占者から発せられる魂の声……様々な苦しみ、悩み、迷いなど……にしっかり耳を傾け、的確な方向性を示して求占者に安心立命を与えることが私の推命家としての使命と考えます。
 また、占術家の心得としては、学会憲章を遵守することが極めて大切であると考えます。
 常に自己啓蒙を志し、真摯に命学を究めれば、求占者から信頼、尊敬される占術家たりえ、もって占術家の社会的認知度の向上に寄与でき得るものと確信します。
 幸い東海支部には、気鋭な運命家が多数活躍しておられます。東海支部の副支部長としては、そんな次世代を担う会員の方達の繋ぎ役として私は自らの責務を果たしていきたいと考えています。また東洋運勢学会の理事としては、先賢者が歴史を刻んで築いた立派な組織において、継承者の方々とご一緒に新組織の発展の一助とならんことを祈念いたしまして挨拶とします。


『新たな船出に』
東洋運勢学会参与 
        加古紫園
 明石海峡を前にして住んでおります私は、日々海峡に掛かる世界一長い吊り橋、明石大橋を眺めて暮らしております。
 明石大橋には二つの大きなケーソンの基盤が沈めてあります。直径が80mのケーソンは海底70mの深さに沈めてあり、その上に主塔が夫々二カ所300mの高さで橋を支えております。
 昨年亡くなられました易八大先生を思い出す度に、我々の為に明石大橋のケーソンの役目を先生に務めていただいていた事を痛感しております。
 私は、占いと云う職業は決して華やかに人前に出るのでなく、何処までも陰に在って人の為に役立って行くべき職業だと思って参りました。
 東洋運勢学会の会員の方は、実力もプライドも在る方々の集まりですから、如何なる問題も疎かにせず、一人一人が責任在る言動をなさっているものと信じております。
 それだけに、私もまた会員の一人として、あらためて責任の重大さを自覚するものです。このたび新会長より参与のお役を拝命し、益々責任が重くなりますが、一生懸命担って行く事に務めたいと思っております。
 昨年ご逝去された先代三須会長をはじめとする重鎮の先生方にも此の事をお約束したいと思っております。
 東洋運勢学会の新たな船出に際し、私も末席ながら、力の限り頑張って行きたいと思っております。



『東洋運勢学会参与を拝命して』
東洋運勢学会参与 
       三田村 恵兆
 「道は待つことではなく、歩くことによって出来る」。その言葉のように、平成五年に大阪の東青龍に位置する石切神社参道に於いて運命鑑定所を開店致しました。歩き始めてみると、様々な難問が多くあり、そのお陰様で次から次へと勉強を積み重ねる事になりました。
 これは相談者の方々に育てて頂いたとしか言いようが有りません。私が振り返った時、デコボコ道が花の咲き乱れた美しい道になっているように、これからも邁進したいと考えています。人は、一人で生きているものでは有りません。
 我々の世界においても良き師匠、良き理解者、良きライバルが必要です。私は夫である三田村祥山と共に同じ道を歩んでまいりました。時にはライバルとして議論を戦わせ、そして良き理解者でもあり、共にラッキーだったと思います。
 偉大なる恩師である易八大先生とは夫を通してご縁を頂き、そして歴史ある東洋運勢学会とのご縁につながってまいりました。
 私たち運命鑑定を志し、この仕事を選んだ者は、天職を得たと考えてよいでしょう。それならば、我々の務めは「占いにより人々の幸福の実現に役立てること」だと思います。この言葉は東洋運勢学会の考えそのものであり、私もその言葉の深さに感銘いたします。
 幸いに私の周りに集まる人々は、個性がそれぞれ違ったとしても「人に役立てる人間になりたい」と考える方ばかりなので、共に力を合わせて進んで行けるものと思います。
 この度、東洋運勢学会参与との大きな役目を頂き、身の引き締まる思いです。今以上に自分の能力を高めて、人に対する愛情を持って、役員の職を全うしたいと思っています。
 経験豊かな先生方のご指導、ご鞭撻を頂き頑張って行く所存で御座います。どうぞ宜しくお願い申し上げます。



『新世代の育成を』
東洋運勢学会参与 
    大彩可琳
 二〇〇八年、今年は東洋運勢学会にとって大きな節目の年ではないでしょうか。
 三須啓仙会長亡き後、新会長の下に新たな一歩を踏み出すとともに、当学会副会長であった我が師、亡き易八大先生が本拠を構え、我々も拠り所としていた大阪も、東洋運勢学会大阪支部として発足するに至り、ますます飛躍していくことと思っています。
 そんな折、一会員でしかなかった私が参与という大役を拝受し、その責任の重さを改めて痛感しております。果たして自分に何ができるのか、そう問い直したとき、二つのキーワードが浮かびました。ひとつは「大阪支部関西の活性化」、もうひとつは「新世代の育成」です。
 東洋運勢学会は、全国的組織であるとはいえ、いまだ地方での認知はまだまだこれからといった様相であると思えます。
 東洋運勢学会、そしてまたその大阪支部の一員として自分の拠点である大阪支部関西をより活性化させ、それを引き金に各地域にその波を広げていくことによって互いに刺激し合い、東洋運勢学を今以上に盛り上げるべく活動が出来ればと考えています。
 具体的には、これから東洋運勢学会をもり立てていくであろう新世代の育成に力を尽くしていきたいと考えています。
 そう思いつつ、まだまだ学ばねばならないことも多くあります。皆さまの力をお借りして頑張っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。



『決意もあらたに』
東洋運勢学会参与
        鴨下靖令
 初夏の花、紫陽花が鮮やかに咲く頃、この美しい季節に東洋運勢学会は二世三須啓仙先生を会長に、小林泰明先生、北村光生先生を副会長に新体制で始動する事になりました。その新体制の中で私も参与として微力ながらお手伝いさせていただくことになり、より一層の努力をと心に誓いました。
 振り返れば十五年も前に、占いなど何も知らず時間があるからとカルチャーセンターで気学、四柱推命を習った時、「こんな勉強もあるのだ」とショックを受け、すっかりこの世界にのめり込んでしまいました。
 その後、すばらしい先生方に巡り合い、周易、断易と続けてまいりました。勉強すればするほど奥が深く、言葉のむずかしさには特に苦労があります。
 ある師が「言葉は刃物にもなる」と教えてくださった事を胸に問占者に対応していきたいと考えております。
 易は偶然の一致の占だといいますが、求占者と占術家もそれに似ているように思われます。偶然に前に座った人々が一人でも幸福になれますように、言葉一つで人生が左右される事もあるこの仕事に、誇りを持ち続けられる為に勉強にも力を入れていきたいと考えております。
 最後になりましたが、東洋運勢学会のこれからの発展と、会員の皆様のご活躍をお祈り申し上げます。



『失われた大切な心』
東洋運勢学会参与 
     佐々木淳章
 東洋運勢学会の新体制にともない、非力ながら参与の辞令を拝命しました。まだまだ未熟ですが、今後少しでも会の力になれるよう努力していきますのでよろしくお願いします。
 この場をお借りして今の日本人に欠けてしまった”大切な心”についてひとこと提言させて頂きたいと思います。
 最近の社会問題の中、特に目につくのが親子・夫婦・兄弟姉妹を中心とした家族内の犯罪の多さと、家族関係での悩みを抱えている人の多さではないでしょうか。こうした家族崩壊の背景には何が潜んでいるのでしょう。
 我々人間はみな個々の単体ですが、そこには家族・親族、そして「先祖」へと繋がったものがあります。「先祖」は私たち人間の「根元」です。「先祖」を元とし、家族・親族は、植物に例えれば「根っこ」であり、この根により、植物も人間も支えられています。この根が今、核家族化等の家族構成の変化、先祖への忠誠心の欠如「我欲」による家族内の心の離散で、散り散りとなり、個々の人間家族がぐらついているのではないでしょうか。
 我々人間は先祖からの魂を受け、生命を頂いてるという感謝・敬慕の念(心)を再度認識し、先祖から受けた魂・心を清らかにすることで「我欲」を捨て、愛や慈悲心、思いやりに満ちた心を携え、「先祖」「家族」との繋がりを清く保ち、家族の力を結集して、しっかりとした「根っこ」を育み、始めて私たち個々が社会という大地の中で立ち、関わっていけることができるのではないでしょうか。再度こういう時代だからこそ、人間としての正しい心のあり方を忘れずに、今一度「先祖」への感謝・敬慕の念(心)を!

 


[お知らせ]
二〇〇八年東洋運勢学会東京大会

 故・会長・副会長を追悼し、新たな出発を誓う『年末会員交流会・東京大会』を左記の通り開催することになりました。今年は特別講演を企画しました。年末ご多用の折とは存じますが、皆様の積極的なご参加をお待ちしています。

◆ 日時/十二月十四日(日)午後二時より
◆場所/ホテルグランドパレス
   東京都千代田区飯田橋1−1−1
   電話03−3264−1111
   東京メトロ東西線…九段下より徒歩一分
   JR…飯田橋より徒歩七分 
【第一部 追悼の儀・役員任命式】三F・芙蓉の間
  午後二時〜午後三時
【第二部 特別講演】三F・牡丹の間
  午後三時〜午後五時
 中村璋八先生 『五行大義について』
 テキスト:五行大義(予約販売)二、九四〇円
【第三部 懇親会】三F・白樺の間 
  午後五時〜午後七時


『東洋運勢学会 今後の予定』
一、2008年10月4日 滋賀支部結成の集い
二、2008年11月8日 東海支部研修会
              (講師 二世三須啓仙)
三、2008年12月14日 東京大会
四、2009年月未定  大阪支部研修会
              (講師 二世三須啓仙)
五、2009年4月   役員会(幹事:東海支部)
六、2009年5月   京都支部結成の集い

以上


学会便り バックナンバー

  ・ 2007年 2月 7日号   年頭のご挨拶を掲載いたしました。
  ・ 2005年 8月29日号   東洋運勢学会 2005年初秋号を発行致しました。
  ・ 2005年 2月 7日号   年頭のご挨拶を掲載いたしました。
  ・ 2004年10月 1日号   東洋運勢学会 2004年初秋号を発行致しました。
 

2004年 3月16日号

  東洋運勢学会報 2004年 立春号 を発行致しました。
2003年10月 1日号 『全日本運命学界連絡協議会』とは。
2003年 8月 1日号 東洋運勢学会報 2003年 立秋号 を発行致しました。
2003年 3月 6日号 平成十五年度 基本方針について等
2003年 2月 1日号 東洋運勢学会報 2003年 立春号 を発行致しました。